※僕はオンライン語学プラットフォームPreplyで講師もしています。利害関係は隠さず、その上で本当のことだけを書きます。
「日本にいたら、英語を話す機会がないから」
もし君がそう思っているなら、この記事は君のために書きました。先に僕の正体を明かしておくと、カナダ在住12年、今はオンラインで日本語を教えている語学講師です。……と聞くと「はいはい、英語ペラペラの成功者の話ね」と閉じたくなるかもしれません。
ちょっと待ってください。これから僕がするのは、その真逆の告白です。
告白:今より日本にいた頃の方が話せた
衰えをはっきり自覚したのは、渡航して10年目。日本人経営のレストラン、いわゆるジャパレスで働いていた時期のことです。
それまでの僕は、ほぼ日本人と接することなく現地で生活していました。日本語に触れるのは、家族との通話とYouTubeくらい。ところがジャパレスは、オーナー含めスタッフの8割が日本人。現地のネイティブスタッフも半分は日本語でコミュニケーションが取れたので、実質9割のスタッフと毎日日本語で話すことになりました。
1日8時間、ほぼずっと日本語。その中で、日本語を話せない1割のスタッフやお客さんとだけ、時折英語で話す。
このとき気づいたんです。頭の切り替えが、昔よりうまくできなくなっている。
切り替えるときはうっとすごくどこか身構える感覚がいつの間にかついてしまっていた。
日本にいた頃の僕は、切り替えにそこまでのキツさを感じたことがありませんでした。それが、英語の国に10年住んだ後の僕は、英語を話す直前に身構えている。「ずっと現地で生活してきたんだから話せて当然」「間違うのはかっこ悪い」——そんな変なプライドまで、いつの間にか育っていました。
現地にいながら、いつの間にか英語に尻込みしないでのびのびと話していた自分のメンタルに、徐々に壁を積み上げていっていた。
これ、僕だけの話じゃないんです。当時のジャパレスの同僚も、実はまったく同じことを言っていました。「日本にいた時の方が話せた気がする」。二人で「やっぱかー」と話していたのを覚えています。
海外に10年住んで、日本にいた頃より話せなくなる。そんなことが、現実に起きます。
現地生活が生む「そのうち上手くなる」という無意識の甘え
なぜそんなことになったのか。原因ははっきりしています。
住み始めた頃の僕には、「住んでいればそのうち英語は自然に伸びる」という感覚が、少なからずありました。周りのほとんどが英語ネイティブという環境に紛れ込んで生活していると、外国人という自覚はありながら、どこか自分も「普通に英語を話す集団の一人」のような気になってくる。精神的に、調子に乗ってしまうんです。
最初のうちは、新しい環境への高揚感がありました。言語交換で人と会うことも、まあまああった。でも現地にいることが「当たり前」になるにつれて、自分がいかに恵まれた環境にいるかという実感は、確実に減っていきました。
言語交換の相手から「会おう」と連絡をもらっても、気分が乗らなければ流す。せっかく知り合えた関係が、そのまま自然消滅する。そんなことが増えました。
「どうせいつかやるでしょ」「また後でできるでしょ」——慣れとともに、この感覚がどんどん強くなる。
象徴的な話をひとつ。僕、ナイアガラの滝に行ったことがありません。カナダに何年もいて行ったことがないと言うと驚かれますが、理由はシンプル。「いつでも行けると思ったから」。結局12年経った今も、行っていません。地元の人ほど地元の名所に足を運ばない、あれと同じです。
英語も、まったく同じことが起きました。まさに英語で言うところの “take it for granted”——あって当たり前、の状態。外に出れば全部英語の世界。日本よりはるかに恵まれた環境なのに、環境に甘え、「どうせいつか」という気持ちが出たら最後。
あっという間に時間はすぎ、気づけば12年間何をしてたんだと自問自答。
日本時代の僕がやっていたこと——渇望が生む接触量
じゃあ、日本にいた頃の僕は何をしていたのか。
大学時代の僕は、部屋にいる間、パソコンの横にポータブルDVDプレイヤーを置いて、洋画やドラマを1日中再生し続けていました。ネットで知り合った海外の友達にメールを打っている間も、常に横で英語が流れている。本屋に行けば英語学習コーナーに入り浸り、移動中はずっと洋楽。一人カラオケに行けば、オールで洋楽熱唱(やばいですよね(笑))。
家には英語学習本と洋画のDVDが山積みで、友達からはTSUTAYAかよってツッコミもありました。
起きている間はほぼずっと、毎日12時間以上は英語に触れていたはずです。ベッドに寝転がりながら英語のスクリプトを読み、音楽を聞く。誇れる話ではないですが、他の教科の講義中に英語の読み物を読んでいたことすらありました。とにかく英語に取りつかれていた。
大事なのはここからです。そんな環境で暮らしていたから、知らないうちに英語への抵抗がなくなっていました。映画やドラマで見た英語話者の雰囲気やノリが、自然と自分でも体現できるような感覚。「英語を話すことは別に特別なことじゃない」というマインドが、身についていたんです。
それは英語力とかレベルの話じゃない。それ以前の、話す勇気や自信の話です。
夢見てきた海外の世界に、日本にいながら少しでも多く飛び込めている感じが、心地よかった。あの渇望が、圧倒的な接触量を生んでいました。
数字で比べると残酷です。
日本の大学時代: 12時間以上
カナダ・ジャパレス時代(10年目): 約30分
英語の国に住んでいる方が、接触量が少なかった。
結論:場所ではなく「意図的に話す機会の量」
日本時代の僕と、10年目の僕。何が違ったのか。突き詰めると、モチベーション——もっと言えば「英語を使って何がしたいか」の有無です。
日本にいた頃の僕は、英語学習を「学習」として見ていませんでした。英語を話せるという事実が欲しかったんじゃない。「海外の人と自由に意思疎通できるようになりたい」から触れていた。英語はあくまでも手段だったんです。当時の長期目標は「海外に住む」。漠然としてはいたけど、この目標があったから、TOEICや英検を短期目標としてコンスタントに申し込み、常に「次」がある状態を自分で作れていた。実際この時期、点数はグッと伸びました。
ところが、カナダに渡った瞬間、その「海外に住む」はすでに達成されてしまった。しかも現地生活が続くほど、目標は「より深く達成され続ける」。新鮮味は消え、当たり前になり、僕はモチベーションの源を失っていきました。
もし渡航後に、「住んだ先で英語をどう使うか」という次の具体的な目標を立てていたら。ジャパレスで「衰えてる」と感じる結果にはなっていなかったはずです。それどころか、英語を磨き続けていれば、そもそももっといい現地就職の機会を掴めていた可能性もある。同じジャパレスでも、僕はキッチンでしたが、サーバーとして働けば1日に英語を使う時間は何倍にもなっていたはずです。
だから僕の結論はこうです。
英語が伸びるかどうかを決めるのは、住んでいる場所ではない。「意図的に話す機会の量」。そして、その量を生み出し続けるのは、「英語を使って何がしたいか」という目標です。海外に住んでいても、意図しなければ機会はゼロに近づく。僕が証拠です。
2〜3言語が当たり前の街での答え合わせ
この結論に、答え合わせをくれた人たちがいます。
僕が住む街は、2〜3言語話せるのが普通の街。一時期、チリ人とメキシコ人のルームメイトとアパートをシェアしていました。二人とも、母国語のスペイン語に加えて英語もフランス語もペラペラ。仕事はサーカス団員です。
どうやってそんなにペラペラになったのか。気になって、それぞれ別々のタイミングで聞いてみました。答えは共通していて、しかもいい意味で、なんだか漠然としていたんです。
うーん… なんつうことはしてないけど… とにかくどんどん話しまくってたかなあ…そしたら自然にかな…
え、こんなにペラペラになっておきながら、自分がどうやってそこまで上げたのかさえはっきり分かってないの??
正直に言えば、スペイン語話者にとって英語やフランス語の習得は、日本語話者よりだいぶハードルが低いと言われます。似ている単語も多いですから。でも僕が心を打たれたのは、そこじゃない。「とにかく話してみる」という積極性の方でした。
ある日、彼らが別のサーカス仲間をランチに連れてきました。ルームメイトたちとフランス語で喋っているその人と、僕は英語で少し話して驚きました。彼、ケベック出身じゃない。完全英語ネイティブのアメリカ人だったんです。すかさず例の質問をぶつけました。「どうしてそんなにフランス語がペラペラなの?」
うーん、僕はとにかくたくさん話したよ。友達とかととにかくたくさんね。そうしてたらこうなった
「またかよ!同じ答えじゃん!」
でも、このとき気づいたんです。この人たちには、言語を「勉強する」という感覚があまりないんじゃないか。あくまで、生活や仕事や友達とのコミュニケーションのための道具として捉えている。だから気負いがない。だから「あれをやって、これをやって」という、こっちが期待するような答えが返ってこない。
彼らにも、無意識のモチベーションが確かにありました。「フランス語を勉強したいから」ではなく、「それを使って仲間と話したいから」。日本時代の僕と、形は違えど同じです。
引っ越しでお別れが近づいた頃、アパートでパーティーが開かれました。チリ、メキシコ、コスタリカ、アメリカ、カナダ——スペイン語話者の友達が集まって、夜8時から朝5時まで。彼らは僕を気遣って、英語でもたくさん話を振ってくれました。
午前3時頃、話は突然「日本語レッスン」に変貌します。自己紹介の仕方、数の数え方、お酒も回ってるので悪い表現も(笑)。ルームメイトが「”I’ll fuck you up”って日本語でなんて言うの?」と聞いてきたので「ぶっとばすぞ」と教えたら、「ブトバスゾ」というカタコトから、僕のネイティブ発音に近づくまで、何回も何回もみんなでリピートする。自己紹介も数も同じで、納得できるまでしつこく確認してくる。
このガツガツした積極性。これがこの人たちの語学習得を支えてるんだと、心から納得させられた夜でした。
(マルチリンガルたちに聞いた「どうやって覚えたの?」の回答集は、別記事で随時まとめていきます)
日本にいる君の方が、実は有利かもしれない
ここまで読んで、「でも結局あなたは海外に行ったから話せるようになったんでしょ」と思うかもしれません。だから最後に、12年住んだ僕が本気で思っていることを書きます。
英語に関して、日本にいる君の方が有利な点が、確かにあります。
自信は、日本にいる方が育てやすい
まず、自信がつけやすい。海外では、英語が話せること=珍しいこと、武器になることではなくなります。その辺の子どもすらペラペラの環境では、話せてようやく「同じ土俵に立てた」だけ。僕は日本の大学時代、毎日英語に触れていた甲斐あって周りより英語ができ、授業で頼りにされたり勉強法を聞かれたりして、正直、自尊心が高まっていました。チヤホヤされて「自分ならやっていける」と、海外へのモチベーションも上がった。それがカナダに渡った途端、自分の英語力がミジンコのように小さく感じてしまうんです。「他人と比較するな」とは言いますが、人間、ある程度は比較しちゃうもの。正直に言って、英語への自信は日本にいる時の方が育てやすい。そしてその自信が、話す勇気の燃料になります。
「行きたい」という飢えは、最強の燃料
次に、渇望が保てる。海外に恋焦がれる気持ち、ハングリー精神は、実際に住むと減っていきます。だって、もう海外にいるんですもん。ずっと欲しかったものを手にした途端、燃えていた気持ちが薄れる——あれと同じことが起こります。日本にいる君の「行きたい」という飢えは、そのまま最強の学習エネルギーです。
今の日本で「機会がない」は、もう成立しない
さらに、環境。日本の本屋の英語学習コーナーは、僕にとって最高の遊び場でした。無数の本を手に取ってその場で開ける、しかも日本語で解説されている。全部英語の本と比べると、慣れないうちは脳の疲労度がまるで違う。勉強してる感覚なしに英語に触れられる場所です。TOEICや英検も、日本ならどこでも安く受けられて、モチベーション維持の短期目標として最高に使える(僕は点数のためというより、常に「次」を作るために申し込んでいました)。
そして決定的なのが、今という時代。僕の頃はDVDを買うかレンタルする一手間が必要でしたが、今はYouTube、Netflix、Spotify——インプット環境はこれでもかというほど揃っています。アウトプットも、昔はSkypeで、質の悪い高いヘッドセットを着けて、途切れる回線越しにお互い「…can you hear me?」を繰り返していました(笑)。今はオンライン英会話のプラットフォームが充実し、安いイヤホンでもクリアに聞こえ、遅延もほぼない。この環境で「日本にいたら機会がない」は、もう成立しません。
最後に、少し厳しいことを言います
日本であれこれ言い訳を作って英語を先送りにしていた人が、海外に渡った途端に突然熱が入る——このパターンは、ありそうでないと僕は思っています。海外に出れば、先送りしてきた君の英語力は、小さい子ども以下。凹みますよね。でも現実です。しかも海外では、黙っていても周りから英語が聞こえてくるから、「自分はちゃんと英語を学んでいる」という幻想を抱いて安心してしまう。完全なトラップです。
結局のところ、英語を話せるようになる人は、日本にいても、海外にいても話せるようになるんですよ。
モチベーションというのは目標があり次第、世界のどこにいても自分についてきてくれる仲間であり英語習得の糧です。
時間は、過ぎたら戻りません。日本にいても、世界のどこにいても同じ。僕は12年過ごして、「日本にいた頃の方が話せた」と感じている始末です。渡航後も目標を立てて毎日を大切にしていたら、今ごろ何をしていたんだろうと、本気で悔やんでいます。
だから君は、僕と同じ回り道をしなくていい。
「日本にいるから」と英語を先送りにするのは、今日でやめませんか。こんなにも最高な環境があるのに、それを使わないなら——海外に行っても、変わりませんよ。

